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名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和41年(わ)184号・昭41年(わ)225号・昭41年(わ)224号・昭41年(わ)263号・昭41年(わ)216号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(一部無罪の理由)

第一 被告人角岡平吾に対する暴力行為等処罰に関する法律違反事件

被告人角岡に対する暴力行為等処罰に関する法律違反の公訴事実の要旨は、

被告人角岡は、昭和四一年四月九日午前一時頃、岡崎市奥殿町字根屋敷七〇番地所在加藤ふみ方において内藤邦彦等教習生四、五名と共同して、就寝中の同女の枕元近くに約一時間にわたつて座り込みを続け、この間同女に対し語気荒く「狸婆め」「よい返事をするまで帰らぬ」「今日は一晩中ここに坐り込む飯を出せ」「話がつくまで二日でも三日でもここに坐り込むぞ」等と申向けて安眠させず、数人共同して同女の自由に対し危害を加うべきことを以て脅迫したものである。

というのである。

右公訴事実の構成要件は、数人共同して刑法二二二条の罪を犯すことであり、刑法二二二条の脅迫罪の成立が前提となるわけであるが、同罪の構成要件である「脅迫」とは、相手方が現実に畏怖する必要はないが、具体的状況に照らし一般的に人を畏怖させるに足りる程度の害悪を加うべきことを告知することをいうと解すべきである。そこで以下本件(以下本項において「本件」とは角岡平吾に対する暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件を指す。)において、その具体的状況に照らし右の程度の害悪の告知がなされたか否かについて判断する。

判示第一の事実について掲記の各証拠によれば、被告人角岡は昭和四一年四月九日午前一時頃、前記加藤ふみ方門外に駐車中のスクールバス内において松下仁、内藤邦彦、鷲見俊哉、堀竜彦ら四名の教習生とともに教習料払戻等の交渉のため加藤ふみに面会する教習生代表に選ばれ、岡崎自動車学校管理課長梶原勤を伴つて加藤ふみ方炊事場から同女方に入り同女他同居者三名のいる寝室と、その隣の八畳間との境付近に坐つて、同女に対し他の四名の教習生代表とともに約束どおり話し合いを行うよう繰返し要求したが、同女がこれに応じないでいるうちに二〇名前後の他の教習生がその場に入つて来て、五名の代表の後方に位置して口々に「話がつくまで帰れん。」「今夜は帰らん。」「朝までいる。御飯を食べさせてくれ。」等と発言したが、結局同女がこれに応じなかつたためその目的を達することができないまま、同日午後二時頃全員同所から退去したことが認められる。そして内藤邦彦の検察官に対する供述調書および松下仁の昭和四一年六月一四日付検察官に対する供述調書によれば、被告人角岡は前記八畳間の寝室に最も近い位置に坐つていたこと、第九回公判調書中証人加藤ふみの供述部分によれば同女の近くにいた者は「早く話し合いをして欲しい。」と言つていたが後ろにいた人達は「朝までいる」とか「御飯を食べさせてくれ」とか「裁判所に訴える」とか自分勝手なことを言つていたこと、前の方にいた者の発言は特に大きい声とか荒い口調でなかつたこと、同女としてはその場の雰囲気を身に危険を感ずる状態とは感じなかつたこと、第一〇回公判調書中同証人の供述部分によれば、「朝までおつてやる」等の発言はきつい調子でなく大衆心理でしやべつている程度であつたこと、第一九回公判調書中証人石川ふよの供述部分によれば、隣室にいた教習生達が特におどしつけることはなかつたこと、第二六回公判調書中証人松下仁の供述部分によれば「朝食を出してくれ」等の発言は冗談混りの調子であつたこと、以上の事実が認められ、第一七回公判調書中証人梶原勤の被告人角岡が話がつくまで帰らない等と鋭く言つた旨および加藤ふみはこわがつている様子だつた旨の各供述部分は右各証拠に照らし措信できない。

以上の認定事実によれば、前記「話がつくまで帰らない。」とか「朝までいる。」等の発言は、被告人角岡ら五名の教習生代表よりはむしろ後から来た他の教習生達が加藤ふみと話し合つている五名の代表の後方から無責任に(加藤ふみの証言によれば「自分勝手に」)威圧的でなく冗談混りの軽い調子で言つたものであると考えられる。従つて右発言自体は将来加藤ふみの安眠を妨げるという同女の自由に対する害悪の告知に該るといえるが、右発言の態様、調子その他本件の具体的状況に照らし一般的に人を畏怖させるに足りる程度に達していたとは認められず、他に右発言がその程度であつたことを認めるに足りる証拠はない。

第二 被告人岡村および同金子に対する暴力行為等処罰に関する法律違反事件

被告人岡村および同金子に対する暴力行為等処罰に関する法律違反の公訴事実の要旨は、

被告人岡村および同金子は、昭和四一年四月一五日午後一時三五分頃、岡崎市針崎町北門二三番地、株式会社岡崎自動車学校事務所において、三自交執行委員荻野正とともに組合側交渉委員として、会社側委員たる同社取締役加藤伊八郎外二名との間で団体交渉を開始しようとして着席した際、右加藤が被告人金子の隣席に氏名不詳の二五、六才の女性が着席したのに不審を抱き、所携のカメラで同女の姿を撮影したことに憤激し、右荻野と共謀のうえ、暴力をもつて右加藤から右カメラを取りあげることを企て、被告人金子において加藤が所持するカメラを両手に掴み、被告人岡村もこれを掴んで強く引張り、加藤を着席の椅子から引きずり出し、カメラを抱えてかがみこんだ加藤に対し革靴で足蹴にし、右腕を押えつけて、頭部を殴打する等の暴行を加えて右カメラを取りあげ、もつて数人共同して同人に対して暴行を加えたものである、というのである。

<証拠>によれば次の事実が認められる。

被告人岡村および同金子は三自交執行委員荻野正とともに、会社側との団体交渉に出席するため、昭和四一年四月一五日午後一時三〇分頃、前記岡崎自動車学校事務室に赴き、同室で会社側の交渉委員である加藤伊八郎、宮川勝弥、梶原勤と相対して着席した。そして加藤が「こちらは三人ですが、そちらも三人だけですか。」と発言したところ、被告人岡村は「もう一人いる。」と答えた。そこへ一人の女性が入つて来て着席したので、加藤が被告人岡村に「どういう人ですか」と尋ねたところ同被告人は「主婦会の人で正式の交渉権を持つている。」と答えた。加藤は入室前にその女性が教習生である旨自称するのを聞いていたので、同女が身分を偽つているのではないかと思い、後日のため参考になるかもしれないと考え、それ以上同女の氏名、身分等を問い正すこともなく、いきなり、二メートル足らずの至近距離から所携のカメラ(前同押号の七)を構えて同女の姿を一枚撮影した。これに対し同女は「嫌だあ」と叫び、被告人岡村は加藤の右行為を肖像権の侵害と考え憤慨して立ち上がり、きつい口調で同人に対し「団体の役員に対し何をするんだ。肖像権の侵害だ。フイルムを出せ。」と抗議し、フイルムの破葉又は引渡を要求した。しかし同人がこの要求に応じないので、被告人岡村および同金子は右加藤の側に近寄り、同人が所持していたカメラを一時取りあげようとして、同人が抱え込んだカメラあるいはそのベルトに手をかけて引張つたり、同人の腕や手を掴んだりする等したが、その際、同人と右被告人両名との間でカメラを取る、取らせまいとするもみ合となつた。このもみ合に前記荻野および梶原も加わつたが、結局カメラは被告人岡村の手に渡つた。その後もしばらくの間もみ合状態が続いたが、右加藤は同室から退出し、前記武市方に赴き、岡崎警察署へ電話連絡し、同人方を辞した後に初めて右手の中指の背部にひつかいた様なごく軽微な傷を発見した。一方被告人岡村の手に渡つたカメラは、フイルムを抜きとられた後、同日午後二時頃、同被告人によつて岡崎警察署警察官に引渡された。

以上の事実が認められ、第一五回公判調書中証人加藤伊八郎のカメラの取り合の際被告人岡村が同人の右足の向う脛を革靴で二度強く蹴つた旨および左上頭部を強く殴打され頭がぼーとする位だつた旨の供述部分は、その場にいた宮川勝弥および梶原勤も目撃しておらず(両名の前記各供述部分)、向う脛を革靴で強く蹴られればかなりの負傷が考えられるのに同日午後九時頃、岡崎警察署で被害の申告をした際、右手の傷については写真撮影までして受傷の事実を明らかにしながら、脛の点については訴えた形跡がないこと、その他前記各証拠と対比して措信し難く、右は加藤が被害者意識から事実をかなり誇張して供述したものと考えられる。

そこで、右認定の被告人岡村および同金子の所為が暴力行為等処罰に関する法律第一条に該当するかどうかについて判断するに

(一) 判示事実全般からも明らかなように、三自交と会社との間の労働紛争における対立関係は極めて激しかつた情況の中にあつて、右認定のように団体交渉の席上、使用者側交渉委員が二メートル足らずの至近距離から、その意に反することが明らかであるにもかかわらず、組合側委員として出席した者の姿を写真撮影することは、組合側を著しく刺激する挑発的行為といわざるをえないこと、

(二) 個人の私生活の自由の一つとして、何人も、その承諾なしにみだりにその容ぼう、姿態を撮影されない自由を有するものというべきであり(昭和四四年一二月二四日最高裁判所大法廷判決、刑集二三巻一二号一、六二五頁参照)それを肖像権と称するかどうかは別として、前記認定のとおり右被告人両名は加藤伊八郎の撮影行為を肖像権の侵害と考え、本件所為に及んだものであること、

(三) 加藤伊八郎が、団体交渉に列席した前記女性に不審を抱いたのは前記経緯に照らし一応当然のことであるが、教習生の身分を有することと、主婦会(三自交組合員の妻の会)会員であることとは必ずしも矛盾するわけでなく、被告人岡村が同女は主婦会の代表である旨述べた段階で直ちに同女の姿を撮影する必要性、緊急性は認められず、更にその氏名身分等を問い正し、その結果同女の出席が従来の労使慣行に反し或いは交渉委員としての資格に疑念を生じた場合は、その是正を求め、場合によつては交渉を延期するなどの方法が残されていたと考えられそのような方法をとらずいきなり至近距離から撮影することはその方法においても相当性を欠いていたと考えられること、

(四) 被告人岡村および同金子において加藤伊八郎に対するある程度の有形力の行使があつたことは認められるが、その態様はカメラ又はそのベルトに手をかけて引つぱり、あるいはカメラを取りあげるため同人の腕や手を握んだりしたものであり、その程度は比較的軽微であつたこと(同人の右手中指の傷は、かなり後になつて初めて気付いた程度であり、治療の事実は認められず、診断書も無いことから考えて極く軽微なものであつたと認められる。)。

等の事情が認められ、以上の事情に照らすと、被告人岡村および同金子の前記認定の加藤伊八郎に対する有形力の行使は、いまだ暴力行為等処罰に関する法律違反として処罰すべき程度の違法性を有していないと認めるのが相当であり、右被告人両名の右所為は同法一条、刑法二〇八条所定の構成要件である「暴行」に該当しないというべきである。

(梅沢恒尋 平野清 生田瑞穂)

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